コンペティション選考委員座談会 第1回
ひろしまアニメーションシーズン2022 コンペティション選考委員座談会
第1回 コンペティション体制について
今年の8月17日〜21日、JMSアステールプラザ等で初めて開催されるアニメーション映画祭「ひろしまアニメーションシーズン2022」。メイン企画のひとつとなる「三井不動産リアルティ中国 presents ひろしまアニメーションシーズン2022コンペティション」は、世界のアニメーション映画祭の動向と現実をふまえ、いくつかのユニークなチャレンジをしている。4月28日、86の国・地域より応募のあった2,149作品のなかから、54の入選作品が決定した。(ラインナップはこちらからご覧ください。)今回から複数回に分けて、本年度の映画祭のコンペティションがいかなる考えのもと企画・構成されたのか、入選作品が選ばれるまでにどのような議論があったのかをお届けする。
第1回となる今回は、「ひろしまアニメーションシーズン2022」プロデューサーの土居伸彰と、アーティスティック・ディレクターの2人(山村浩二と宮﨑しずか)による対談をお送りする。「環太平洋・アジアコンペティション」「ワールド・コンペティション」という2つのコンペティションに分けた開催にした意図や、大胆な試みをしたグランプリ決定プロセスなどについて、その試行錯誤を語ることになった。
収録日:2022年4月23日/対談編集:野村崇明
土居伸彰
今回新しく「ひろしまアニメーションシーズン」というフェスティバルを立ち上げるにあたり、映画祭に必須のものであるコンペティションをどう行うのか、いかにして新しい形のコンペを作るのか、アーティスティック・ディレクターのひとり、山村浩二さんと議論を重ねてきました。結果として、「環太平洋・アジアコンペティション」と「ワールド・コンペティション」という二種類のコンペに分けることになったのですが、環太平洋・アジアに限定したコンペティションをやることになった理由をまず山村さんからご説明いただきたいと思います。
山村浩二
アニメーション映画祭はヨーロッパで行われるものが大多数で、「ヨーロッパ型」といえるような方向性を共有するものが多い印象です。それゆえに、今回広島で新たに映画祭を立ち上げるにあたり、違った方向性のものを作りたいという思いがありました。ヨーロッパの映画祭を見ていると、環太平洋・アジア地域の作品がまだまだ評価されてないという印象もあったので「環太平洋・アジアコンペティション」という部門を設置しました。
映画祭では開催国の作品にフォーカスを当てたナショナルプログラムはよくあるのですが、歴史的に考えても、広島という場所には周辺のさまざまな国や地域が関わっているので、その広がりを捉えるために環太平洋・アジアという広い取り方をした方がいいのではと考えました。
「ワールド・コンペティション」で国際性を保ちつつ、従来のアニメーション映画祭とひろしまアニメーションシーズンとを差異化する「環太平洋・アジアコンペティション」もやる。この2つが、映画祭のコンペティションを支える大きな柱になっています。
土居
プロデューサーとしても、近隣の映画祭との差異化は意識したいところがありました。新千歳空港国際アニメーション映画祭には日本コンペティションがありますし、韓国のインディ・アニフェストにはアジア・コンペティションが設置されています。環太平洋・アジアという括りであれば、それらとの重複を回避できる。また、ひろしまアニメーションシーズンは新興の映画祭ですが、一方で広島でアニメーションの映画祭をやること自体には長い歴史があるので、そういった歴史の厚みを考え、広くこの地域を代表するようなコンペにできればと思い、環太平洋・アジアという括りにしたというのもありますね。山村さんはスロベニアのアニマテカ国際アニメーション映画祭のこともよくおっしゃっていました。
山村
アニマテカは、全世界対象のコンペを設置せず、中欧・東欧に範囲を絞っています。すると、この映画祭でしか観られないような作品が多く集まることになる。そういった作品に全世界から来るゲストが触れることは、とても重要なことだと思いました。そこに加えて、僕が以前に参加したロシアの実写映画祭での経験がありました。その映画祭では、環太平洋にフォーカスを当てたコンペティションが組まれていて、日本では見る機会のない作品の存在を知りました。その時気付かされたのが、自分が、日本について考える際に環太平洋の国の一つであるという地域性をあまり意識することがなかったということでした。そういった広がりを僕自身の自覚のなさも含めて意識できるようにしたいというのもありました。
土居
次に「ワールド・コンペティション」についてお聞きします。今回「ワールド・コンペティション」は、作品の性質ごとにカテゴリを分けるという少し変わったやり方をしていますが、どのような意図があったのでしょうか?
山村
現在作られるアニメーションは、内容的にも方法論的にもあまりに幅広く多彩です。なのでカテゴリに分けることによって、ある方向性を示して、作品の理解の助けになるようにと考えました。そこで、どんな目的や方法論で作られたものが上映されるのかをカテゴリで事前に示すことで、「社会的な問題を扱っている」だったり「ストーリーに重点を置いている」など、わかりやすくなるようにしています。また観客はそれぞれの興味によって、選ぶこともできます。
カテゴリ分けは作品を審査する際にも重要です。作品が多様である以上、どこに価値を置くかによって作品を評価する軸が大きく変わってしまいます。例えば新しさを重視すると、物語に重きを置いた伝統的な手法の作品よりも実験的な作品の方が評価されやすくなりますし、社会性や扱われているテーマを重視した議論になると、アニメーション・ドキュメンタリーが重要視され、実験的な作品が正しく評価されなくなったりします。今回は作品の性質ごとにカテゴリを分けてそれぞれ審査をすることで、作品を評価する軸を複数置くことができます。
さらにカテゴリを広げることで、普通のインターナショナルなコンペティションだと拾われないような作品――例えば、アニメーション技術は特別優れているわけではないものの、扱われているテーマは重要といったもの――も拾い上げることができるようにしています。
土居
「ワールド・コンペティション」の各カテゴリの審査員には、アニメーション以外のジャンルで活躍されている方も含まれています。審査員構成も独特になっていて、アニメーションの専門家ではない方々に加えて、選考委員およびアニメーションの専門家が一人ずつ入るというかたちになっている。
山村
それもあまり他ではないかもしれませんね。アニメーション映画祭というと、どうしても関係者のためのものというイメージが強く、一般のお客さんが置き去りになってしまうことも多いと思うんです。我々としては、一般のお客さんにアニメーションを知ってほしいし観てほしいというのが大前提としてあるので、様々な分野の方を迎え入れることで観客の幅を広げていきたいと思っています。
審査員をアニメーションの制作者や評論家のみにしてしまうと、アニメーションの専門家の視点で作品が評価されてしまいがちで、偏りが出てしまうのではと思います。しかし、アニメーションのことを全く知らない人に届けるためには、普段あまりアニメーションに接していない、でも様々な見識のある方による新しい評価の視点が必要だと思いました。審査はこれからなのでうまく機能するかは未知数ですが、まずは間口を広げるというのが大きい目標でした。
審査員としてさらに、アニメーションの選考の過程を見てきたセレクションチームからも一人加わることで、選考の意図や、専門家としての観点も、各審査会に伝わっていくと良いと思っています。このコンビネーションによって、審査員それぞれが新しい価値観を見つけられると理想的だと思います。
土居
審査員の構成のみならず、審査の方法も特徴的です。今回「環太平洋・アジアコンペティション」も「ワールド・コンペティション」も、短編と長編を分けずに一緒に選出し、審査します。どのような意図があるのでしょうか。
山村
まず短編と長編を区切る時間の設定も映画祭ごとに違い共通の基準があません。本来、1本の作品の持つ重さというのは、上映時間とは関係ないはずで、一つ一つの作品を丁寧に見るためにも、短編・長編という尺によって分けないことにしました。また学生部門も設けていません。近年の学生作品の制作環境と質の向上は、キャリアによって作品を分ける必然が感じられないからです。
土居
グランプリ決定のプロセスも非常にユニークです。アーティスティック・ディレクターである山村さんと宮﨑しずかさんのお二人が、各審査員の受賞作品を対象に、「今回の映画祭を象徴する作品」という基準でグランプリを選出するという形を取っています。
山村
これはまだ戸惑っていますが、以下のような意見を私が話したことに起因しています。
僕自身が様々な映画祭の審査会に参加してきたなかで、自分の中ですごく強力な作品があるのに、他の審査員の合意が得られずにグランプリにならなかったという経験が度々あります。三人なり五人なりの審査員の合議によってグランプリを決めるというのは、それぞれの審査員にとっての一番ではなく、三人とか五人の中での平均点を取って選ぶということになりがちです。それでは価値観が平均化され、評価軸が中和されてしまいます。
以前、『イラストレーション』という雑誌の「ザ・チョイス大賞」の審査をしたのですが、それは一人の選者が選ぶという形でした。最初は自分の価値観だけで選べるから簡単だろうと思っていたのですが、全責任が自分にのしかかってくるので、逆にものすごく難しかったんです。でも責任の重さを感じながら選ぶというのが重要で、多人数で選ぶと責任が分散してしまう。だから一人の審査員が賞を決める映画祭があったらユニークではないか、という話をしました。
土居
山村さんからの最初の提案は、誰か著名な作家に独断でグランプリを決めてもらうというものでした。しかし僕の方で、アーティスティック・ディレクターのお二人にグランプリを決めていただくという形に少し変えさせてもらいました。僕は昨年まで新千歳空港国際アニメーション映画祭のアーティスティック・ディレクターとして仕事をしており、かなりの時間をかけて、コンペ作品の選考にも関わってきました。一方、必ずしも、審査員の方々にセレクションに込めた思いを受け取ってもらえているかはわからない部分もありました。もちろんそれはそれでいいんですが、見方によってはブレてしまっていると言えなくはない。なので今回は、アーティスティック・ディレクターのお二人に芸術面において責任を持っていただく、ということで、こういう形にしました。
一方、独裁的であってほしいとは思っていません。今回、「ワールド・コンペティション」の審査は映画祭が始まる前に事前審査として行われ、「環太平洋・アジアコンペティション」の審査は映画祭期間中にアニメーション関係者によって行われます。映画祭期間中には、広島市民による審査員団や批評家たちによる賞、さらには観客賞など様々な基準による審査も加わっていきます。アーティスティック・ディレクターのお二人には、選考委員、ワールドコンペティションのカテゴリ審査員、さらに期間中審査の様子や映画祭での盛り上がりなども見てもらうことで、イメージとしては少しずつ様々な他者たちと対話をしてもらい、その結果として、最終的にグランプリとしてふさわしいものを選んでいただくかたちになります。
山村
アーティスティック・ディレクターの二人とも作品選考に関わっているのだから、グランプリはもう最初から決まっているのではないかと思う人もいるかもしれませんが、選考するなかでも他の選考委員との対話を通して揺れてきましたし、そもそもグランプリは各カテゴリの審査員が様々な視点で選出したものから、再度検討する形をとります。単なる独断による選出ではなく、二重三重の段階を経てきた中で培われた価値判断でもってグランプリを決定することになります。
もちろん選ぶことはものすごく難しいと思うのですが、二人であることに少しだけ安心しています(笑)。最終的には二人で、対話によって決定することができますから。
土居
実際、選考審査の段階でも、山村さんが強く推した作品が残らなかったりもしていますからね。
このようなお話を受けて、宮﨑さんはいかがですか。
宮﨑しずか
責任重大ですね。今回、アーティステック・ディレクターが自分の価値観を最後まで貫き通すシステムになっているので、そのことに対する力強い責任感はもちろんありますが、映画祭の色を出すという意味では、これしかないという方法だとも思います。だからこそ第一に、しっかりと責任を負った上で慎重に選んでいこうという気持ちがありますが、山村さんと全然違う意見になったときに、譲ることがないように頑張りたいとも思っています。
土居
そもそもアーティスティック・ディレクターを2名の体制にしているのも、山村さんにはキャリアあるアニメーション作家として国際的な観点を投影してもらいつつ、長年広島で活動をしてきた宮﨑さんには地元民としての視点を投影してもらいたかったからでもあります。宮﨑さんは山村さんが指導教官ではなかったものの、藝大のアニメーション専攻の出身でしたが、性別も年代も含めいろいろな立場が違いますし、意見を戦わせてもらいたいなと思っています。
第2回(後日公開)に続く