ひろしまアニメーションシーズン2022

JOURNAL ジャーナル

2022.06.06 AIR活動報告 公式レポート

【イソナガアキコの公式レポート】H-AIR招へい作家(1)是恒さくらさん

こんにちは。ひろしまアニメーションシーズン2022公式ライターのイソナガアキコです。
世界からアニメーション作家・アーティストを招き、広島市内で制作活動を行っていただく「ひろしまアーティスト・イン・レジデンス 」が5月1日から始まっています。公式レポートでは、このレジデンス企画に参加する3名の招へい作家を順次ご紹介していく予定です。

最初にご紹介するのは、是恒(これつね)さくらさんです。是恒さんはアラスカで先住民芸術を学び、各地で受け継がれる捕鯨文化や漁労文化について集めた情報や知識、自身の感覚をリトルプレス(文章)や刺繍作品で表現する美術家です。これまでの活動についてや、今回のレジデンス企画で取り組みたいことについてお話を伺いました。

時間に向き合い、文章と刺繍で物語を「織る」


広島県の最南端にある倉橋島(音戸町)出身の是恒さん。自宅から海までの距離がおよそ数十メートルという、自然豊かな場所でのびのびと育ちました。高校卒業後はなんとアラスカ大学に進学し、そこでクジラ漁をする先住民と出会ったことをきっかけに、世界や日本各地を飛び回ってはクジラの物語を文章と刺繍で表現しています。

「なぜアラスカに?」「どうしてクジラを? 」という問いには「それは何か一つ大きなきっかけがあったわけではなく、いろんなことが積み重なってのことだった」といいます。

 小さい頃から絵を描いたり、ものをつくることが好きだった是恒さんは、クリエイターやアーティストを多く輩出する高校に進学し、木工をはじめとする創作活動にじっくり取り組みます。その高校で出会ったある教師の影響で、アラスカに興味を持つようになったといいます。

「その先生は私が1年生のときに、イッカクというクジラの仲間の写真を撮りたいと学校を退職してカナダに渡りました。その生き方に感銘を受けたし、その先生が奨めてくれた星野道夫さんの本を読むようになって、アラスカに行きたいと思うようになりました」

 是恒さんは英語を猛勉強し、星野道夫氏も通ったアラスカ大学に進学。興味のあった先住民芸術を専攻し、そこで導かれるようにクジラ漁をしている先住民たちと出会います。

「アラスカ州では、先住民だけには『伝統的な生業』ということで特別に捕鯨が承認されています。先住民の人たちから捕鯨の話やクジラにまつわる色々な話を聞くうちに『クジラは本来、対立を招く生き物ではなく、様々な土地の人々を結びつけていく存在ではないか』と思うようになり、それからクジラにまつわる場所を訪れては、その土地に伝わるクジラの物語を集めて作品をつくるようになりました」

是恒さんの表現方法は文章(text)と刺繍(textile)。
文章を書くのも手芸をするのも子どもの頃から好きだったそうですが、この2つを表現方法として選んだのには深い理由があるそうです。

「どちらも、ラテン語の『texere』という『織る』という動作を表す言葉が語源です。言葉を織ると文章になるし、糸を織ると布になる。別々のものの語源をたどると同じような動きを表現していたりするのが面白いなと思いました。それに刺繍って、表と裏で全く違うものに見えるんですね。クジラという存在も、今は捕鯨問題だったり、特定の見方をされてしまいがちだけど、ある場所では大漁の神様として崇められていたりする。それは見る側の立場の違いであったり文化の違いであって、たどっていけば実は一つのものなのかもしれない。そんなことを、文章と刺繍で表現しています」

刺繍は1つの線をつくるだけでもかなりの時間と労力を必要としますが、そういう時間も是恒さんにとっては、作品のイメージの元になった物語だったり、言葉に向き合う大切な時間であるといいます。特につくることに時間をかけられる刺繍は、是恒さんにとって一番しっくりくる表現方法だといえるのかもしれません。

 

「H-AIRひろしまアーティスト・イン・レジデンス」で取り組みたいこと

刺繍と文章という二つで表現することを大切にしてきた是恒さんですが、コロナ禍をきっかけにアニメーションという表現方法にも興味を持つようになったといいます。
「2020年の春のことですが、プライベートで15、6枚の絵を描いて桜の木のGIFアニメーションをつくりました。それは新型コロナの影響で思うように移動ができなくなって、頻繁に通っていた北海道になかなか行くことができず、楽しみにしていたエゾヤマザクラのお花見もできない中、みんなでお花見の賑わいを楽しみたいという気持ちを込めてつくったアニメーションだったのですが、見せた人にとても喜んでもらえて。そのときにアニメーションの伝える力、表現力というものを改めて感じました」

出品予定の展覧会が次々と中止や延期になり、伝達や表現の場がオンラインに置き換わっていく中で、オンラインと相性のいいアニメーションに興味を持ち始めたタイミングでもあったそう。

実は今回のレジデンス企画 の3人の招へい者のなかで、是恒さんは唯一アニメーションを専門としない美術家として選ばれました。少し不安に思うこともあるとしつつ、レジデンス中につくりたいアニメーションのイメージはできているといいます。 

「私が今、滞在している皆賀という地区は水と深いかかわりのある場所で、かつては洪水のたびに山からの水が長らく滞留したことから「水長」村と呼ばれていたといいます。でもその後、川の流れを変えたことで水難を免れ「皆が賀した」と「皆賀村」と改めたといわれています。そんなことを思いながら、今ある八幡川をたどって歩いていくと海に通じていて、途中にはかつては島だったといわれる山もあって、水の流れが街に変化をもたらしたということが強く印象づけられます。

また瀬戸内海というとスナメリがいることはよく知られていますが、19世紀の終わり頃までは大型のクジラも入ってきていたとか、八幡川の河口近くまでイルカの群れがきていたという記録も残っています。今と昔で変わってしまった水辺の風景とか、かつてそこにあった生態系だとか、そこにいた生き物を思い浮かべることで見えてくる何かを、つくろうとしているアニメーション作品に盛り込んでいけたらと考えています」

地域に交わり、時間がもたらす景色と人の営みの変化に想いを馳せる


今回のレジデンス企画は、参加するアーティストが地域や地域の人たちと積極的に交流する機会をつくることをメインテーマにしています。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、ナタ・メトルークさんとマフブーベフ・カライさんの来広が遅れていますが、そんな中にあっても是恒さんは日々すべきことに静かに向き合っているように見えます。

5月18日は広島平和記念公園で行われた原爆慰霊碑に納められている原爆死没者名簿を外気に当てて湿気を取る「風通し」という行事を見学した是恒さん。実は是恒さんの曾祖父母と大叔母が2021年に原爆死没者名簿に登録されたことを知り、広島に滞在中にぜひ見学したいと、ひろしまアニメーションシーズン のアシスタント・プロデューサーの平石さんとともに広島平和記念公園を訪れました。

澄み渡る青空の下、準備が始まる朝8時から全て終了する10時まで、広島市職員の方々による作業をじっと見守った是恒さん。

「ここは時間が止まっているわけではなくて、毎年、人の手によってこうして名簿に風が当てられていく。それは呼吸しているようにも感じられて、過去と現在はこうやって結びつけられているんだないうことを強く感じました。この時間を共有できて本当によかったし、お墓参りをしたような、そんな気持ちにもなりました」

そして、子どもの頃に訪れて以来だったという原爆ドームは、記憶していたよりも小さく見えたそう。

「自分が歳を重ねていくことでも景色は変わっていくし、場所によって全く違う歴史や物語や風景が広がっているのだなとつくづく思います」 

5月1日から、皆賀という広島市のベッドタウンにあるコミュニティ施設「ミナガルテン」に滞在している是恒さん。ミナガルテン主宰の活動やイベントに参加するなど、地域の方と心地いい距離感で交流を続けています。

「ミナガルテンには地域の方が大切に野菜を育てていらっしゃる『ミナバタケ』という畑があります。みんなで日々手入れをして、土をよくして、野菜を育て、収穫する。畑って短期間だけでは完結しない場所なんですよね。そういう場所に関わることで、その土地と深くつながっていける気がしています」

そんな是恒さんに対して、滞在先のミナガルテンのオーナーである谷口千春さんは「彼女は自分がその場にいなかった、それまでの時間の蓄積にも想いを馳せて、『今、目の前にあるものは全部の蓄積の結果なんだ』という目線を持っている人」であり、それは是恒さんの優しさだと感じたそうです。

確かに、目に見えるものや耳に入ってくることをその瞬間だけで判断しようとせず、常に長期的な時間軸で捉えようとしている、そんな風に見えました。そう伝えると「長期的に見る方が、豊かだと思うんですよね」と応えてくれました。そのひと言に彼女が大切にしている想いが凝縮されているようにも感じました。

滞在直後から八幡川をはじめ、瀬戸内海の島々を訪れてはいろいろな物語を集めている是恒さん。半年の滞在で私たちにどんな景色を見せてくれるのか、楽しみでなりません。


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是恒さくらさんプロフィール
1986年広島県呉市(旧・安芸郡)音戸町生まれ。2010年アラスカ大学フェアバンクス校リベラル・アーツ・カレッジ美術学科卒業 学士(美術)。2017年東北芸術工科大学大学院修士課程修了。国内外各地の捕鯨、漁労、海の民俗文化を尋ね、リトルプレスや刺繍、造形作品として発表する。リトルプレス『ありふれたくじら』主宰。最近の展示に「開館20周年展 ナラティブの修復」(せんだいメディアテーク、2021)、「VOCA展2022」(上野の森美術館)など。

公式レポーター発! 耳寄り情報

H-AIRひろしまアーティスト・イン・レジデンスでは、アーティストと交流できるイベントをたくさん開催する予定です。是恒さくらさんと交流できるイベントとして、7月に「八幡川散策ツアーとお話し会」を企画しているという情報をゲットしました! 実はこの取材を兼ねて、私も是恒さんの八幡川のフィールドワークに同行したのですが、広島に長年住んでいながら八幡川の川辺に降りてゆっくり歩いたのは実は初めて。そこには見たことのない景色が広がっていて、本当に感動しました。みなさんにもぜひこの感動を味わっていただきたいです!

詳細は後日発表されるそうなので、ひろしまアニメーションシーズン のSNS(Facebook、Instagram、Twitter)をフォローしてチェックしてくださいね。

八幡川散策ツアーギャラリー
 


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