【イソナガアキコの公式レポート】H-AIR招へい作家(2)ナタ・メトルークさん
こんにちは。ひろしまアニメーションシーズン2022公式ライターのイソナガアキコです。
世界からアニメーション作家・アーティストを招き、広島市内で制作活動を行う「ひろしまアーティスト・イン・レジデンス 」。いよいよ3名の招へい作家が全員揃い、それぞれ広島での活動も始まっています。今回のレポートではウクライナ出身のナタ・メトルーク(Nata Metlukh)さんをご紹介します。
豊かな色彩とグラフィカルなタッチで、「日常」に命を吹き込む
ナタ・メトルークさんは、主に短編アニメーションを制作するアニメーション作家です。グラフィックデザイナーやイラストレーターとして活動していた時期もありますが、イラストレーションに「時間の次元」を追加することで、よりクリエイティブな表現ができるアニメーションに惹かれ、カナダやエストニアに留学してアニメーションスキルを修得しました。
ナタさんは、デジタルの手描きで作品を制作しています。その理由について、デジタルだと素早く効果を得られること、また「手描き」で描くことで、より生き生きとした絵にできるからだといいます。
「アニメーション制作に向いている人は?」という問いに、「アニメーション制作は根気と集中力が必要。週末をのぞいて毎日10時間、アニメーション制作のために費やせるなら、それはあなたの仕事です」と答えたナタさん。その言葉からも彼女がアニメーション制作にどれだけの時間と情熱を注いでいるかがうかがい知れます。
「H-AIRひろしまアーティスト・イン・レジデンス」で取り組みたいこと
ナタさんが滞在しているのは、広島市内中心部へのアクセスも良好な鶴見地区。ここは広島を拠点に活動するアーティストのギャラリーが集まる刺激的なエリアです。住宅がひしめく日本の典型的な街並みについて、「そのすべてが興味深く、家の近くを流れる川の景色も好き」と言うナタさん。充実した日々を送っているようです。
「人生そのものが最も才能のある創造者であり、それは何ものも太刀打ちできないと思う」という言葉通り、作品のアイデアのほとんどは、身の回りの日常生活を観察することから得ているそう。「H-AIRひろしまアーティスト・イン・レジデンス」というチャレンジについて、「この異文化の中での生活経験は、今だけでなく今後のプロジェクトに新しいアイデアをもたらしてくれるものとして期待している」と教えてくれました。
ナタさん進めているサブプロジェクト『I Didn't Know I Was Tall』
現在、来広前から進めていた『Off-Time』という時間をテーマにした作品制作に取り組んでいますが、同時にサブプロジェクトとして進めている『I Didn’t Know I Was Tall』は「広島で生活する中で「外国人視点」で見ると奇妙に見えるもの」を題材にしているそう。広島のどんな部分が奇妙に見えているのか、作品が完成したらぜひ聞いてみたいところです。
故郷、ウクライナへの想い
「H-AIRひろしまアーティスト・イン・レジデンス」は参加アーティストが地域の人たちと積極的に交流してくれることを期待しています。広島市立城山中学校でGIFのワークショップを開催することになっているナタさんは、7月6日、同校を訪れ、全校生徒を対象にプレゼンテーションを行いました。これまで制作したGIF作品を紹介しながら、作品の裏に隠された思考やメイキングについて話しました。真摯に説明するナタさんの話に、生徒や先生方も額に汗をにじませながら耳を傾けていましたが、生徒たちの表情がぐっと引き締まったのはウクライナの話のときかもしれません。
ナタさんの家族は、ロシア国境付近にあるウクライナ第2の都市ハリコフの近くに住んでおり、ほぼ毎日ロシア領内からの爆撃を受けているそうです。ナタさんはそんな家族を心配し、毎日ニュースをチェックして、メッセージや電話で連絡を取り合っているといいます。
「私の家族は避難できず、家にとどまっているが、そのような状況でもできるだけ普通の生活をすることに努めている。そしてウクライナのすべての人は自由を取り戻すために戦っている。戦争終結まで時間はかかると思うが、最終的にはウクライナが勝つでしょう」と話しました。
そしてウクライナのことを想いながら制作したという2つのGIF作品を紹介しました。
1つは、猛犬が猫を攻撃しようとして返り討ちに合うシーンを描いた『rabid dog (猛犬)』。そしてもう一つはウクライナを表す白い部分に稲妻が走り炎があがるも、雨によって炎は静まり、花が咲く『spring is coming (春が来る)』という作品でした。
いずれの作品も公式サイトnotofagus.comで見ることができます。ぜひご覧になってください。
「滞在中に訪れたい場所ややりたいことは?」と尋ねると、「今は仕事に集中して、とにかく全力で頑張りたい」と答えたナタさん。そのまっすぐな眼差しに強い意志を感じました。これまでそうしてきたように、今回の体験もきっと素晴らしい作品に昇華してくれることでしょう。
ナタ・メトルークさんから映画作家の皆さんへのメッセージ
ロシア人とロシアの文化を禁止している国々がある一方で、最近、ロシアの映画祭に参加してロシアを支援している映画作家がいることを知って、不愉快でショックでした。
毎日ウクライナの人々を殺しているテロ国家の文化を支持することはありえません。
世界で起きている出来事と何の関係もなしに、芸術だけが存在することは不可能です。
あらゆる映画作家に対して、この戦争が終わり、ロシアがウクライナとその国民に与えたすべての損害に対して償うまで、ロシアの映画祭から撤退することを強く求めます。よろしくお願いします 。
(原文)
“Recently I was unpleasantly surprised to know that some filmmakers are supporting russia by participating in their festivals, while the rest of the world deservedly bans russians and their culture. We can’t support the culture of the terrorist state who is killing Ukrainian people every day. I think art can’t just exist by itself, without any connection to current world events. I urge all filmmakers to withdraw their films from any russian festivals,
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ナタ・メトルークさんプロフィール
1982年、ウクライナ生まれ。バンクーバー・フィルム・スクールでクラシック・アニメーションを学び、エストニア芸術アカデミーで芸術修士号を取得、Priit Parn監督のもと映像演出を学ぶ。
現在はサンフランシスコを拠点に、GIFや短編アニメーションの制作を中心に、コマーシャルや個人的なプロジェクトに取り組んでいる。デジタル手描きの技法で、視覚的に大胆で、キャラクター重視の作品を制作している。不条理とありふれたものの異化をベースにした作品を制作。作品は、主要なアニメーションフェスティバルで評価され、数々の賞を受賞している。
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