ひろしまアニメーションシーズン2022

JOURNAL ジャーナル

2022.07.21 公式レポート

【イソナガアキコの公式レポート】H-AIR招へい作家(3)マフブーベフ・カライさん

こんにちは。ひろしまアニメーションシーズン2022公式ライターのイソナガアキコです。
世界からアニメーション作家・アーティストを招き、広島市内で制作活動を行う「ひろしまアーティスト・イン・レジデンス 」。いよいよ3名の招へい作家が全員揃い、それぞれ広島での活動も始まっています。今回のレポートではイラン出身のマフブーベフ・カライ(Mahboobeh Kalaee)さんをご紹介します。

実写×特殊技法で、言語をアニメーション化する


マフブーベフさんはイラン在住のアニメーション作家です。彼女がアニメーションに興味を持つようになったのは、大学での学びの中で日本文学と日本語に出会い、強く惹かれたことが関係していると言います。
「大学の卒業論文で、本の未来、とりわけそのインタラクティブ性(双方向性)について考えたのですが、その一環で日本語を研究することにしました。日本文学に興味がありましたし、日本語はその視覚的な要素ゆえに、ちょっとしたジェスチャーを加えて言葉の形を少し変えるだけで、意味を作り直すことができるというところに魅力を感じたのです」

「言葉をアニメーション化する」ことに夢中になったマフブーベフさんは、大学の修士課程で本格的にアニメーションの勉強を始めます。
「アニメーションは、執筆、デザイン、描画など、私が興味を持つ全ての要素を組み合わせて作品をつくることができます。それはいつも新しい挑戦ができるということであり、私はアニメーションの無限の可能性に魅了されています」




比治山大学のキャンパスでのプレゼンを行ったときの様子

大学卒業後は、2Dアニメーター、イラストレーター、グラフィックデザイナー、実験アニメ・短編アニメのディレクターなど、主にメディアアートの分野で様々な活動をしているマフブーベフさん。しかし、人から依頼されて制作するより、作家として自分の作品をつくることが好きだというマフブーベフさんは、仕事よりも作家活動を優先することが多いのだそう。
「仕事より自分の作品づくりを優先することは、幾つもの困難を伴いますが、その選択をしたことによって自分自身について、また自分の考えについてより深く知ることができたと思います」
そして、プロのアニメーション作家として初めて取り組んだ『The Fourth Wall(第四の壁)』という作品で、マフブーベフさんは、第25回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門大賞を受賞しました。

『The Fourth Wall』は、台所を舞台とする実験的な短編アニメーションで、この作品の制作にあたっては、実家のキッチンを改造して撮影セットをつくり、実写の洗濯機と冷蔵庫にストップモーションアニメーションと2 Dアニメーションを組み合わせた 「ミクストメディア」 と呼ばれる手法を使いました。この手法には多くの時間と手間がかかりますが、現実世界を素晴らしいファンタジーに変えることができる点が最大の魅力であると言います。

そしてこの作品は、家族の協力なしには成し遂げられなかった、と言うマフブーベフさん。
「キッチンを撮影に使うことを許し、助けの手を差し伸べてくれた私の家族、とりわけ父には心から感謝しています」。また、甥っ子が描いた絵を折り曲げて遊んでいるのを見て、登場人物のキャラクターをアニメーション化する技術的インスピレーションを得たというエピソードも教えてくれました。

「H-AIRひろしまアーティスト・イン・レジデンス」で取り組みたいこと


『Ship for Our Relation』の試作段階のスケッチとダンボールで試作したキャラクターのテクニカルテストの様子

マフブーベフさんが「H-AIRひろしまアーティスト・イン・レジデンス」の情報を知ったのは、ちょうど海外で仕事や勉強をして自分の世界観を広げたいと思い、新しい作品の準備に取りかかったときだったと言います。
「私は日本とその文化、特に日本語に興味があったので、このプロジェクトはとても魅力的でした。そして招へい作家に選ばれたときはとても興奮しました」と、そのときの喜びを語ってくれました。

現在、マフブーベフさんは横川のレジデンスに滞在しながら、『Ship for Our Relation』の制作に取り組んでいます。この作品も『The Fourth Wall(第四の壁)』でも用いた「ミクストメディア」という手法を使って制作中です。この作品は、日本の民族伝承である 「虚舟」 の物語がモチーフになっており、マフブーベフさんはこの作品に出てくる外国人の少女の役を演じ、この物語で描かれている謎に迫るとのこと。イランの母国語であるペルシャ語と日本語の言葉のつながりを素材に、言葉の形や意味、そしてアニメーションを使ったストーリーテリングの可能性を探る作品になるそうです。



滞在中の横川地区について「創造へのエネルギーと情熱にあふれています。街で目にする面白いものはすべて、何かを作る意欲を掻き立て、私をワクワクさせてくれます」と言い、意欲的に作品制作に取り組むマフブーベフさん。作品の制作に追われて、街の散策などは思うほどできていないそうですが、それでも時々、感じたことを書き留めたり、面白いものを見つけたら写真に撮ったりしているそう。街の中での日本語の使われ方や子供たちの行動を見るのも大好きということで、マフブーベフさんが広島の街並みから感じたインスピレーションが作品にどう反映されるのか、とても楽しみです。

マフブーベフさんからアニメーション作家を目指す若い人たちへのメッセージ 


広島市西区の三篠公民館で開催された小学生を対象にしたアニメーションワークショップの様子

「アニメーションは時間のかかるアートです。思うような結果を得られなくても失望することはありません。自分らしくあることを心がけ、自分らしくあることを恐れてはいけません。自分の作品や考え方には価値があり、(あきらめなければ)いずれは自分自身の表現の方法を見つけることができるでしょう」

(原文)
Because animation is an art that takes time and you should never be disappointed to achieve the result. Besides, they should try to be themselves and not be afraid of being themselves because their works and the way they think are valuable and will eventually find their way to expression.

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マフブーベフ・カライさんプロフィール
1992年、イラン生まれ。2015年テヘラン美術大学工業デザイン科卒業。2020年、テヘラン芸術大学(映画・演劇学部)アニメーション監督学修士課程終了。2Dアニメーター、作家、イラストレーター、グラフィックデザイナー、実験アニメ・短編アニメのディレクター。
プロとして初の映画『The Fourth Wall(第四の壁)』の成功により、特殊なミクストメディアの技法に専念し、実験的な映画の形式や物語の構造を研究しつづけようと志すことになった。関心のある手法は、現実世界の素材をアニメーションの素材として用いることで、エッセイ映画や創造的なアニメーション・ドキュメンタリーを制作すること。その目標は、現実と空想の間の曖昧な境界線に立つ世界を創り出すこと。


 取材・文