ひろしまアニメーションシーズン2022

JOURNAL ジャーナル

2022.08.06 コンペティション紹介 公式レポート

「環太平洋・アジアコンペティション」紹介

「環太平洋・アジアコンペティション」紹介

☆プログラム概要

ヨーロッパ型の映画祭とは違った価値観を探ることを目的のひとつとする本映画祭。コンペティションにおいてこのコンセプトを象徴するのが、「環太平洋・アジアコンペティション」である。一般的には、全世界を対象とした国際コンペティションこそが映画祭の花形だと目されがちであるが、本映画祭においては、「環太平洋・アジアコンペティション」に「ワールド・コンペティション」に勝るとも劣らない、ベストな作品が集められている。

実際、本プログラムに並ぶのは、すでに国際的に高い評価を受ける作品ばかりである。アカデミー短編アニメーション賞、さらにはアヌシーやオタワといった主要なアニメーション映画祭にノミネートされている話題作Hugo Covarrubias『Bestia』、文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で大賞を受賞し、新千歳空港国際アニメーション映画祭でも新人賞に輝いたMahboobeh Kalaee『The Fourth Wall』、ベルリン国際映画祭短編部門でスペシャルメンションをうけた和田淳『半島の鳥』など、注目作を上げていけば枚挙にいとまがない。

このような世界的な注目作以外にも、中国の伝統的なスタイルを援用したXi Chen, An Xu『春分』や、アニマ的な世界観を驚異的な画力で描くMona A.ShahiRed Fire』といったこの地域独自の作品、また環太平洋・アジア圏から見たエキゾチックな日本を描くLiang-Hsin HuangMa Ma Hu Hu』やSee Ek ChangWandering With NONO And PUPU』といった、非ヨーロッパ圏だからこそ生まれた優れた作品もセレクションされている。

 

☆アーティスティック・ディレクター山村浩二が語る、「環太平洋・アジアコンペティション」の見どころ

「ここ2年のこの地域を代表する作家と作品が展望できると同時に、現代短編アニメーションの到達点をもうかがい知ることができるプログラムです。」

 

☆選出作品紹介

Ma Ma Hu Hu (Liang-Hsin Huang/Taiwan,Japan/3 min)

作品スチル


あらすじ

Lucky Old Sunのニューアルバム「うすらい」に収録されている「马马虎虎(Ma Ma Hu Hu)」のミュージックビデオを制作しました。若い女の子と男の子が、白昼夢とロマンスとカンフーアクションで、夏のファンタジーを楽しんでいます。

 

選考委員のおすすめポイント

台湾の作品は映画祭にのりづらい印象があったが、今年は台湾作品のクオリティが高く、世界の映画祭シーンにおいても台頭してきている。柔らかな動きが特徴の本作品は、ヨーロッパ的な価値観とは違う優しさや愛らしさがあり、「環太平洋・アジアコンペティション」を象徴する作品の一つと言える。(山村浩二)

 

ミュージックビデオは音楽のノリの良さで観れてしまうため、かつてフィギュアスケートにおいて歌付きの曲が認められていなかったように、映画祭においてミュージックビデオは他の作品と棲み分けていた節がある。しかし「ひろしまアニメーションシーズン」にはいくつかのカテゴリにミュージックビデオが入っており、『Ma Ma Hu Hu』も作品として評価に値するものだと考えた。(宮嶋龍太郎)

 

 

Flowing Home (Sandra Desmazieres/France, Canada/14 min)

作品スチル




あらすじ

ベトナムで育った二人の姉妹は、北と南の戦争によって離ればなれになってしまう。1975年のサイゴン陥落後、10代のサオは叔父とともに国外に出ることになる。姉のサオマイはサオとの再開を待ち望みながら、両親のもとで暮らす。しかし彼女らの別離は20年近く続き、手紙のやり取りだけが彼女らをつなぎ、孤独を癒す唯一の方法となる。サオとサオマイは、日常生活、思い出、戦争、そしてその亡霊について綴る。

 

選考委員のおすすめポイント

ベトナム系フランス人の作者による、フランスとカナダの共同制作。植民地時代や移民という時代的背景を持ち、作者自身の出生とも結びついているこの作品は、地域性を意識したこのプログラムの中で特別な位置を占めている。(山村浩二)

 

Misery Loves Company (Sasha Lee/Korea/3 min)

作品スチル

あらすじ

ある夜、ソルギは友人たちと草原に寝転がっていた。流れ星が落ちてきて、ソルギは暗い思いにかられる。彼女の憂鬱は、踊り回り、世界を終わらせる隕石に願いを込める、明るくカラフルな「花人」へと変貌する。

 

選考委員のおすすめポイント

とても愛らしく現代的な作品で、多くの若者の共感を呼ぶことだろう。一見ネガティブにもとれる内容だが、反面とてもポジティブな気持ちにさせてくれる。内的な妄想の世界を描くアジア的な感性が顕著に表れている作品。(山村浩二)

 

「明日世界が終わればいいのに」という、おのずから身を投じてしまいたくなるような気持ちを救ってくれる作品。こういったある種の癒しを与えてくれるような作風は、アジア圏の強みともいえないだろうか。(矢野ほなみ)

 

 

Red Fire (Mona A.Shahi/Iran/11 min)

作品スチル

あらすじ

以前の約束や予言とは異なり、悪魔が世界を席巻して、光を終末させようとしている。そのような時代に赤い鳥の群れは、「赤い火」を求めて旅をしている。予言によるとその火は、闇を一掃し、太陽の絶え間ない日食と不在に終止符を打つという。しかし、どこに「赤い火」があるのだろう?

 

闇が世界を覆うこの時代、赤い鳥の群れは、古い神話が闇の終わりとみなす「赤い火」を探している。しかし、その火はどこにあるのだろうか?

 

選考委員のおすすめポイント

主要キャラクターは鳥と山。生き物である鳥よりも、自然や世界の側である山の方がより誠実であるという逆転が面白い。世界や自然との対話の難しさを描くところに、監督自身の表現の核を感じた。(矢野ほなみ)

 

 

Wandering With NONO And PUPU (See Ek Chang/Malaysia/2 min)

作品スチル

あらすじ

Wandering With NONO And PUPU』は、静寂と美しい自然、ふわふわの雲、豊かな夏の雰囲気、そして二人の仲間について考える旅にあなたを連れて行きます。

霞がかった夏を共に旅することになった二人の魂は、心に十字架をつけるような価値ある思い出を作ることになりました。緋色の雲は風の強い平原を覆い、川の流れは揺らぎながらも静寂をもたらし、賑やかなはずの駅や通りも、人がいなくなると格別に美しくなります。

その旅は、自然の美しさと、友人同士の黄金の時間を映し出します。静寂は、愛すべき存在たちが集まっているはずの場所に、まったく異なる雰囲気をもたらします。一歩踏み出して、親しい人と一緒に体験してみたい場所に飛び込み、ユニークで記憶に残る思い出を作り、人生を精一杯に生きて、後悔するようなことは何もなかったと思えるようにしましょう。

 

選考委員のおすすめポイント

死後の世界を旅しているような感覚。死んだことはないのに懐かしさを感じさせる。(矢野ほなみ)

 

 

How I Grew Up (Yufei Liu, Yike Cen, Jiawei Li/China/7 min)

作品スチル

あらすじ

私たちには、いまだ観察されていない多くの感情がある。本作で「私」は、捨てられなかったコーヒーカップのせいで、他人から疑われることを恐れる気持ちを抱いている。映画全体は、この感情の観察を中心に展開されている。成長していく4つの些細なことを描き、その形成の理由をたどることで、「私」はようやくこの感情の姿を見ることができる

 

選考委員のおすすめポイント

時間の操作、重ね方、グラフィックの展開が新鮮で、作者の意図が明確で、シャープな印象を与える。その中でさりげない動作が作品の意味を深めている。(山村浩二)

 

 

Worms Ate My Flesh (Nigel Braddock/New Zealand/5 min)

作品スチル

あらすじ

20年前、ニュージーランド生まれの音楽家で映像作家のナイジェル・ブラドック(通称ブロードオーク)は、特に鮮明で不穏な夢を見た。「私は死んでいて、地面に埋もれていたのに、なぜか意識がありました」と彼は語った。「真っ暗闇の中で横たわっていると、ミミズや虫が私の肉を食い荒らし、眼窩を這っているのが感じられました」。翌日、その体験に触発されて音楽を録音したが、完成したのは2021年初頭、ベルリンでコロナ療養中のことであった。「重症ではなかったのですが、自分の死について考えるようになり、ずっと前に始めたこの作品に戻るべきだと思いました」。この魅惑的なアニメーション映像は、WZRDというAIとのコラボレーションで、細胞から銀河まで、生命と物質の循環と変容の性質を表現している。

 

選考委員のおすすめポイント

応募作品の中でも抽象作品は割合として少ない。その中でも時代を飛び越して、同じニュージーランド出身のレン・ライに繋がるこの作品は、アニメーションについて考える上で大切な作品だと言える。(山村浩二)

 

 

Modo De Vida - A Goan Sketchbook (Rohit Karandadi/India/4 min)

作品スチル

あらすじ

観光地化された外観の下に、趣のあるゴアの暮らしが隠されているのです。伝統とスローライフが融合したゴアでは、眠たげなカウンター、強引な魚屋、沸き立つ午後に飛び交う水上バイクなどが見られます。ポルトガルの植民地であったこの地を、アニメーションによるスケッチブックで描きます。

 

選考委員のおすすめポイント

人々の幸せや価値感を描くのみならず、ゴアという町の抱える背景を、戦争があったという歴史すらも抱擁するようなスタンスで描き出している。(宮﨑しずか)

 

 

・半島の鳥 (Atsushi Wada/France,Japan/16 min)

作品スチル

あらすじ

先生の指導のもと、音楽に合わせて踊る子供たち。その様子を目撃した若い女性が、彼らの儀式を邪魔する。

 

選考委員のおすすめポイント

一見、物静かなキャラクター達の表情とは裏腹に、内面と身体の激しい変化が祭りの通過儀礼的側面と共鳴する。監督独特のサウンドが作品の雰囲気を力強く支えている。(宮嶋龍太郎)

 

 

Bestia (Hugo Covarrubias/Chile/15 min)

作品スチル

あらすじ

実在の事件をモチーフにした『Bestia』は、軍事独裁政権下のチリで秘密警察の捜査官の人生に入り込む。愛犬との関係、身体、恐怖と苛立ちが、彼女の心と国の不気味な亀裂を現す。

 

選考委員のおすすめポイント

繰り返し観るたびに新しいものを発見できる傑作。チリ軍事独裁政権時代を背景にした物語もさることながら、素材の質感を表現に落とし込む手際に感銘を受けた。人形の造形に使われている陶器の質感が、時間の不可逆性を表現しているのと同時に、笑っているのか悲しんでいるのかわからない能面のような表情を作り出すことで、観る側に心情を当てはめるよう求めてくる。(矢野ほなみ)

 

 

・春分(Xi Chen, An Xu/China/7 min)

作品スチル

あらすじ

女は子供を抱いて二人の男に助けを求めているが、次に起こることは吉兆と災難、幸と不幸が入り混じったものである

 

選考委員のおすすめポイント

作者は、これまでも24節季を題材にした作品を作ってきたが、その中でも本作は出色の完成度で際立つ。過去作と同じく、中国の古い時代の絵画と文脈を用いつつ政治批判も見え隠れする寓話的な作品であるが、特に本作は無言劇の物語がとりわけ魅力に優れており、グロテスクさにも引き込まれる。(山村浩二)

 

 

The Visit (Morrie Tan/Singapore/9 min)

作品スチル

あらすじ

毎月のように、ティンは刑務所にいる父を訪ねている。収監された親の子供として、また状況の犠牲者として、彼女は精神的な負担を強いられながら、窓のない独房のガラス板を通してのみ、父とつながる機会を与えられている。しかしそんな状況下でも、ティンは二人の絆を絶対に絶やさないと決意していた。

 

選考委員のおすすめポイント

刑務所の父に会いにいく主人公。父と子の和解の物語である一方、彼女は父との面会を通して自分自身の新たな面を知っていく。刑務所のモニターというある種の鏡が、ウェンダースの『パリス、テキサス』の鏡のような作用でどきりとした。他者と向き合っていながら、その真、己と向き合う時間である。(矢野ほなみ)

 

 

Patient’s Mind (Zhiheng Wang/China/6 min)

作品スチル

あらすじ

Patient's Mind』は、円環するナレーションを使ったマルチスクリーンの実験的なアニメーションだ。この作品は、医師と患者の関係という比喩を使って、現在と「あらかじめ設定された未来」の間の果てしない輪廻を描き、自己救済の運命的な失敗を表現している。この作品の語りは物語を、内容的に関連性を持つように五つのスクリーンに配置された、五つのパートに分けている。

 

選考委員のおすすめポイント

俺はお前で、お前は俺でのようなサスペンス。多画面と一人称視点を交差させていくことで、その仕掛けを作る。ある事実を他画面から見ていく謎解き。(矢野ほなみ)

 

 

Charlotte (Zach Dorn/United States/12 min)

作品スチル

あらすじ

1曲のポップ・ソングが、忘れられたフォーク歌手とその家族の生活を、一変させる。

 

選考委員のおすすめポイント

dog patient dog patient dog patient dog!」のリズムが頭から離れない。音楽を通して語り合うことを描く。本当に素晴らしい作品。(矢野ほなみ)

 

 

The Fourth Wall (Mahboobeh Kalaee/Iran/9 min)

作品スチル

あらすじ

家庭や家族、人間関係、欲望、願い、すべてがキッチンに集約されている。吃音の少年はそこで一人、想像力を働かせて遊ぶ。

 

選考委員のおすすめポイント

家族の構造を壁の家具やオブジェに置き換え見立てる。その四つの壁でできる空間に家が実存する。語りはあくまで子供の目を通した語りであり、ゆえに見えてくるその家族の関係。ミクストメディアの手法、視覚アイデア、語り、どれをとっても傑出していて天才的。すっかりファンになった。(矢野ほなみ)

 

 

Los Huesos (Cristóbal León, Joaquín Cociñ/Chile/14 min)

作品スチル

あらすじ

Los Huesos』は、世界初のストップモーション・アニメーションの架空の物語だ。チリが新憲法の草案を作成する2021年に発掘された1901年のこの映像は、人間の死体を利用していると思われる少女が行う儀式を記録している。その儀式に登場するのが、権威主義と寡頭政治のチリを築いた中心人物、ディエゴ・ポルタレスとハイメ・グスマンである。

 

選考委員のおすすめポイント

近年のチリを代表する二人組。独自の技法に注目が集まるが、作品の裏には政治的な風刺があり、なおかつ今作には、アニメーションへの自己言及を行うことで、作品自体をメタに捉えて見せていく面白さがある。(山村浩二)

 

初めはチリで作られているにも関わらず、なぜ、モキュメンタリーの中で見つかったフィルムを上映するという、ヨーロッパ圏の作品によく見られる構造にしたのだろうと疑問に思った。しかし世界最初の長編アニメーションが同じ南米のアルゼンチンで、キリーノ・クリスティアーニの手によって作られていたことを思い出し、失われた南米アニメーションの歴史をサルベージした作品なのだと思い直し、評価が上がった。(宮嶋龍太郎)

 

環太平洋・アジア地域に着目したこのプログラムを代表するような作品に感じる。映画史や美術史は西洋中心の語り方が多いが、この作品はチリで発掘された、架空の世界最古のアニメーションフィルムを用いることで、その眼差しからのスライドを試みる。(矢野ほなみ)