ワールドコンペティション「寓話の現在」
ワールドコンペティション 「寓話の現在」紹介
☆プログラム概要
「寓話の現在」には、フィクションとして優れた作品が集められている。なぜ「寓話」というタイトルになっているのかといえば、絵や人形、CGなど作り物のビジュアルで作られたアニメーションは、メタファーや寓話を描くために向いているものとして、歴史的に考えられてきたからだ。
例えば「寓話」という言葉から想像される教訓的な物語として、Anastasiia Falileieva『Tiger is Strolling Around』がある。この作品には物の見方を変えることで、辛いように思える世界もまた表情を変えるという教訓が込められている。またAlex Crumbie『Confessions of an English Ant-Eater』はアリを食べることに夢中になってしまった少年の物語であるが、このシュールな物語は同時に、シリアスな薬物中毒の寓話・メタファーとしても機能している。
このようなメッセージ性の強い作品がラインナップされている一方、このカテゴリには個人の内面にフォーカスを当てたAnna Szöllősi 『Helfer』やAmandine Meyer『A Story for 2 Trumpets』といった作品も含まれている。この二作はどちらも、個人の心の傷を豊かなメタファーによって寓話化し、幻想的な別世界として描いた作品だ。これらの作品は、アニメーションが語りうる「寓話」の幅の広さを味あわせてくれるだろう。
☆アーティスティック・ディレクター山村浩二が語る、「寓話の現在」の見どころ
「ヨーロッパの作品、わけてもハンガリーとフランスの作品に優れたものが多く、選考の最終段階まで残ったものも多くありました。元々アニメーションは寓話と親和性が高く、多くの優れた作品が集まりました。」
☆選出作品紹介
・Tiger is Strolling Around (Anastasiia Falileieva/Ukraine/12 min)
作品スチル
あらすじ
かつみはブルーな気分だ。日本のゴーストタウンを歩いていると、自分の人生がもう限界であるというサインを見出す。そんな彼女の前に現れたのは、マジックタイガー。果たしてマジックタイガーはかつみを救うことができるのか?
選考委員のおすすめポイント
日本を題材にした大変愛らしい作品。ストーリーテリング自体はオーソドックスな映画的言語を用いているが、ディティールの作り方や創作に対する誠実な姿勢に好感をいだいた。(山村浩二)
主人公のかつみを救うタイガーは夢の産物であるが、同時に夢でしかないものが誰かを救うこともあるというテーマにときめいた。日本を舞台にしつつも制服やリボンに違和感があったり、ラーメン屋さんでフォーチュンクッキーがもらえたりと、現実の日本とはかけ離れているが、それすらもひっくるめてかつみたちのピュアな恋愛にふさわしい造形になっている。(矢野ほなみ)
・Reduction (Réka Anna Szakály/Hungary/11 min)
作品スチル
あらすじ
より良い生活を求めて向こう岸に行くという、同じ目的を共有する二人の女性が、終末後の海岸で共に暮らしている。しかし、謎の存在が片方の人生に入り込んだことから、取り返しのつかない事態が連鎖的に起こり始める。人間関係と共に、周囲の世界そのものが崩壊していく。
選考委員のおすすめポイント
世界の終わりとその影がテーマ。廃墟と対照的な、影の持つ魔術的な魅力が描かれている。メインキャラクターである女性二人の、触れるか触れないかの距離感の描き方も良い。世界の終わりに際して今まで失われてきたものを感じさせる憂鬱さと同時に、何か新しい生命の萌芽をも感じさせるような、胸を締め付ける作品。(矢野ほなみ)
・Helfer (Anna Szöllősi/Hungary/9 min)
作品スチル
あらすじ
『Helfer』は、終わらせたい不安と悪夢の繰り返しに悩む、若い女性の物語だ。彼女は異なる解決策を提示してくれるヘルパーを探し出すが、治療の過程で、自分の最大の恐怖に直面することになる。この映画は象徴的な出来事を通して、超現実的な世界での彼らの関係を詳細に描写する。
選考委員のおすすめポイント
個人的に衝撃を受けた。精神状況を、ビジュアルを使って見事にメタファーに仕上げている。抑制された無駄のない表現で緊張感を高めている。(山村浩二)
同カテゴリのKatarzyna Agopsowicz『PRINCE IN A PASTRY SHOP』と共鳴しあっている作品。この二作品は、二人の人間が対話することでお互いの存在を定め合う、そのこと自体が目的化した空間を描いている。『Helfer』は一方が自分も相手もコントロールできると思いこんでいるが、『PRINCE IN A PASTRY SHOP』はお互いに依存し合っている二人を描いている。どちらも幸福や平穏というテーマにフォーカスしているにも関わらず、対照的な作品になっている。(宮嶋龍太郎)
・In the Mountains (Wally Chung/United States/5 min)
作品スチル
あらすじ
ハイキングに出かけたカップルに、奇妙なことが起こる。
選考委員のおすすめポイント
最高に笑ったし最高に面白かった。物語の面白さでは、このプログラムの中でも異彩を放っている。(山村浩二)
・PRINCE IN A PASTRY SHOP (Katarzyna Agopsowicz/Poland/16 min)
作品スチル
あらすじ
『PRINCE IN A PASTRY SHOP』は、幸せをテーマにした一見ユーモラスな物語である。なぜなら、「幸せには悩みがつきもの」とNot-So-Little Princeは言い、悩みの例をいくつも挙げているからだ。話相手のPrickly Pearは、屈託のない明るさと素朴な人生の喜びを体現しているが、同時に活発で知的な頭脳を持っており、Princeに一歩引いて話をさせることがある。カフェでケーキを食べるカップルの哲学的な寓話は、幸福は捉えづらく、私たちが常にそれを見つけられるとは限らないという事実や、幸福を完全に体験できるとは限らないという、誰にとっても身近な根本的な問題に触れている。
選考委員のおすすめポイント
精密な絵で描かれているにも関わらず、ずっと道楽のように遊んでいるところが「寓話の現在」というカテゴリ名とマッチしている。ビジュアルがこんなにも動いているし、作中人物たちは全てを真剣に行なっているのに、どこかそういった全てを馬鹿にするような、作者が作中人物たちに芸を仕込んでいるような作風が面白い。(宮﨑しずか)
・Confessions of an English Ant-Eater (Alex Crumbie/United Kingdom/5 min)
作品スチル
あらすじ
両親の警告をよそに、蟻を食べることにハマってしまった少年トーマスを描いたシュールなアニメーション映画。
詩によって語られるこの作品は、子供時代の反抗期や依存症といったテーマを遊び心たっぷりに表現している。
この物語は、1821年に出版されたイギリスの作家Thomas De Quinceyのアヘン中毒の自伝的作品『Confessions of an English Opium Eater』にインスパイアされたものである。
選考委員のおすすめポイント
とても楽しく、何度も見たくなる。イギリス版の浄瑠璃とも言うべき作品で、節のついた音楽に乗せて物語を語る際の、リズムや語り口のゆるさと絵が相乗効果を生んでいる。寓話に焦点をあてたこのカテゴリにおいて、「語り」という重要な問題を提起するとても魅力的な作品。(山村浩二)
・A Story for 2 Trumpets (Amandine Meyer/France/5 min)
作品スチル
あらすじ
全ては痴話喧嘩と涙から始まる。少女に巻かれた包帯の内部に入り込み、一種の精神的、液体的なイメージを得る。そのイメージの中では、ガチョウが赤ちゃんにリコーダーを教えている。音楽では、子供が成長し、少女になる。少女は完璧に学習し、先生をむさぼり食うことさえある。私たちは、彼女の進化、変身、そして創造を追いかける。
選考委員のおすすめポイント
物語の展開が予想外過ぎるにも関わらず、その一つ一つを納得させる強度がある。作者の個人的な体験に裏打ちされた作品であるため、観客にとってはそこで起っていることや展開がわかりにくい表現もあるが、それすらも納得させられた。他に代えがたい作品。(山村浩二)
・Skinned (Joachim Hérissé/France/15 min)
作品スチル
あらすじ
沼の真ん中に迷い込んだ古い建物には、片足が結合したシャム双生児の奇妙な女性、SkinnedとPuffyが住んでいる。ある夜、Flayedは妹の肉が自分の体を覆うという恐ろしい悪夢にうなされる。生き残るために、Skinnedは彼女のシャムを殺害する。解放され、一人暮らしを始めた彼女だが、夜な夜な奇妙な音に悩まされるようになる。Puffyが彼女を苦しめるために戻ってくるのだ。
選考委員のおすすめポイント
グロテスクな表現もあるうえにストーリーの後味も悪く、観終わった後は胸がモヤモヤとしたが、ずっと心に残る作品で日が経つごとに評価が上がっていった。
使われている素材とテーマがマッチしており、糸からすらも暴力性を感じられた。物語の真偽はぼかされ、空想特有の曖昧さが垣間見える場面があるが、そういった暗雲の晴れなさ、後味の悪さにも病みつきになった。(矢野ほなみ)
素材と対話した成果がビジュアルに表れており、素材の特性が物語にちゃんと落とし込まれている。フェルトがえぐいと思ったことはこれまで一度もなかったが、残虐な暴力行為をこんなにもエグく描けるのかと思った。ストーリーも素晴らしい。(宮﨑しずか)
・When You Get To The Forest(Eric Power/United States/72 min)
作品スチル
あらすじ
打ちひしがれていたDanaは、過去をバックミラーに残し、旅に出る。癒しを求めて、彼女は青春時代のハイキングコースを訪れる。幾度かの曲がり間違えとひどい転倒の後、彼女は見知らぬ森の中で一人目覚めるが、そこには新しい仲間、喋る猫がいた。Danaは逃げ出した人生へと戻るために、森を探索し、抜け出るための道を探す。
選考委員のおすすめポイント
大手スタジオによる制作ではなく、個人が自分自身の表現をコツコツと積み上げることで、映画として語れることは何かを丁寧に考えて作られた作品。そういった制作の姿勢に好感を持った。
新しさを求めるのではなく、今そこに現れているものを味あわせてくれる、とても愛らしい作品。物語を純粋に楽しむアニメーション。(山村浩二)