ワールドコンペティション 「社会への眼差し」
☆プログラム概要
「社会への眼差し」は、いまや定番ジャンルのひとつになったアニメーション・ドキュメンタリーや、社会問題を直接的に取り上げようとする作品に焦点を当てたカテゴリである。
例えばOsi wald, Noa Berman-Herzberg『Holy Holocaust』は、ナチス司令官の三世であるという暗い生い立ちが明らかになることで、二人の女性の友情が崩壊してしまうという物語である。物語の主軸は女性二人の関係の変化にあるが、その背景には、ホロコーストをめぐる歴史的問題が横たわっている。全 振圭『喪失の家』も、60年前の戦争に囚われている老人を描いている。国や過去の歴史の問題を、現在を生きる個人は引き受けるべきなのか。引き受けなければならないとしたら、どう引き受けるべきなのか。これらの作品は、こういった重い問いを投げかけてくる。
社会や歴史の抱える問題にフォーカスを当てた作品だけではなく、セクシャリティの問題を扱うことで、個人と社会との軋轢に注目した作品もラインナップされている。Marko Dješka『All Those Sensations in My Belly』とLola Lefevre『Mom, what’s up with the dog?』は、共に個人の性のあり方と社会規範とのズレを語っており、その結末の対称性が興味深い。また冠木佐和子『I’m Late』は、生理や妊娠をテーマとすることで女性と男性との非対称性を剔抉しつつ、最後は男女の間にある懸隔を超えていく。
今回セレクションされた作品の多くは、社会を直接風刺し批判するのではなく、ある個人の生にフォーカスを当てることで、その背後にある社会的問題に迫るものだ。こういった社会に眼差しを向けるためのアプローチの面白さも、このカテゴリの見所の一つだろう。
☆アーティスティック・ディレクター山村浩二が語る、「社会への眼差し」の見どころ
「今最も世界で注目を集めている、社会との接点をテーマにした作品群。複雑な内容をシンプルに伝える力を持つアニメーションだからこそ、広い観客層に訴えることができる。身近な問題をアニメーションの寓話性を用いて、心の奥深くに届ける。今年は特に女性にかかわるテーマが多かったです。」
☆選出作品紹介
・Salvia at Nine (Jang Nari/Korea/7 min)
作品スチル
あらすじ
子供の隣でエロビデオを見る父親と、近所の小学生に常習的に痴漢をする老人と、同じ地域に住む9歳の少女。
少女は角の店に行き、お菓子を盗もうとしたが、店の主人にその場で捕まってしまった。少女はお菓子の代金を払うために持っていたコインをカウンターに置き、すぐに店を出て行った。
選考委員のおすすめポイント
シームレスな物語の展開によって、性暴力を受け疎外される子どもだけが抑圧の運命の中に押し込められる。大人たちは暴力に満ち勝手だ。少女たちのささやかな反抗に救いがあり、そしてその小さな幸福さえも分け合う前向きさは胸を打つ。(矢野ほなみ)
・All Those Sensations in My Belly (Marko Dješka/Croatia/13 min)
作品スチル
あらすじ
男性から女性への性別移行中、マティアは異性愛者の男性とのあいだに真なる親密な関係を築くことに苦悩している。
選考委員のおすすめポイント
性別移行している最中の主人公が恋に落ちる際の、奮闘や葛藤を描いた作品。ふとした瞬間に映る鏡の裏側の薬、使わなければならない男性トイレ、恋の敗北。切実な描写がありながらも、前向きでリラックスした自己肯定に救われる。(矢野ほなみ)
・Mom, what’s up with the dog? (Lola Lefevre/France/7 min)
作品スチル
あらすじ
グウェンは11歳になったばかりの少女。両親と飼い犬と一緒に暮らしている。彼女はとても好奇心旺盛なプレティーンであり、特に性的なことに関しては敏感だ。グウェンは陰毛が伸びたり、体から新しい液体が出たり、ファンタジーが心に浮かんだりと、自分の体が変化していることを感じている。飼い犬の行動もかなり変わってきた。ある夜、彼女は笑って犬を驚かせる。
もし、両者がそれほど違っていなかったとしたら?
選考委員のおすすめポイント
女性同士の恋愛シーンを見て初めて意識される少女の性への意識。犬と近接性を持つ形でその探究を深めていくが、その様を目撃する親とは、滑稽なまでに対話はままならない。結局少女に寄り添ってくれるのは犬だけかと思いきや、その犬でさえも最後には私たちをおいていく。本作にクィアを取り巻くシビアな心情を見る。(矢野ほなみ)
・Precious (Paul Mas/France/14 min)
作品スチル
あらすじ
ジュリーは学校に馴染めない。自閉症のエミールの登場が、ゲームを大きく変えることになる。
選考委員のおすすめポイント
昨日まで被害者だった人が今日加害者になるというパターンはよくあるが、にも関わらずぞくっときた。いじめ問題を描くと、どうしても「いじめはよくない」というメッセージに終始してしまいがちだが、この作品は大人による介入や批判をほぼ入れずに淡々と子供たちの力関係を描いている。様々な細部にもリアリティを感じ、ドラマで描くと嘘っぽくなるであろうものが、アニメーションで描くことで却って本当に見えるという体験をした。(宮嶋龍太郎)
寄り添おうとする少年少女を寄り添えなくさせてしまう大人たちと、それによって閉ざされてしまう子供たちの純粋な気持ちが描かれている。(矢野ほなみ)
・I’m Late (Sawako Kabuki/France, Japan/10 min)
作品スチル
あらすじ
あなたやあなたのパートナーは、生理が来なかったり、「遅れたり」した経験がありますか?
選考委員のおすすめポイント
出産のみにフォーカスするのではなく、妊娠による女性の心境の変化であったり、「なんで私だけこんなつらい目にあわなきゃいけないんだ」という被害者意識だったりと共に、男たちのどうしようもなさも描かれるところが気持ちいい。妊娠にまつわる細かな心情を捉えつつ、こんなにもビジュアル的に面白く、おしゃれに仕上げる手際に驚いた。(宮﨑しずか)
・Holy Holocaust (Osi wald, Noa Berman-Herzberg/Israel/17 min)
作品スチル
あらすじ
『Holy Holocaust』はイスラエル人とドイツ人のNoaとJenniferの、奇妙な関係を描いている。彼女たちは22年来の友人だが、家族の恐ろしい秘密が明らかになり、2人の人生を揺るがすことになる。
Jenniferは、自分がナチスの悪名高い司令官アモン・ゴットの黒人の孫娘に他ならないことを知り、Noaは、祖母が故郷のポーランドでナチスが行った大量殺戮の唯一の生き残りであることに気づく。さて、どうする?二人は親友でいられるのか?過去の恐怖を乗り越え、いつも通り過ごせるのか?Noaはできると思い、Jennyはできないと思い、どうしたらいいか考えているうちに、2人の間には深淵が開いていく。発見そのもののせいではなく、歴史に対する彼女たちの正反対の態度が、徐々に現在の生活の壊滅的な客人となっていくためだ。この映画は、実話に基づき、主人公2人の関係の変遷を追いながら、アイデンティティ、運命、歴史について疑問を投げかけるアニメーション・ドキュメンタリーである。
選考委員のおすすめポイント
まさに今見て欲しい作品。国や過去のことを引きずってよいのかという問題を問いかけている。戦争とは直接関係がないロシア人の雇用が失われたり、友人関係が壊れたりしている現代において、平和というものを考える上で大切な作品。(山村浩二)
女性2人の友情関係が、片方の生い立ちが共有されたことをきっかけに壊れていくのだが、相手の所属やバックグラウンドがわかった瞬間に引いていくのはそれを知った方なのか、それとも知られた方なのかということを考えた。時系列としては冒頭に現在がおかれ、その後過去の回想が行われて最後にまた冒頭に繋がるという構成なので、物語全体を把握してからもう一度この作品を見ると、より人生の切なさと苦しみを感じる。(矢野ほなみ)
・喪失の家 (全 振圭/Japan, Korea/10 min)
作品スチル
あらすじ
老人ホームで老人達は頭を刈られる。そこで働く主人公は老人達を観察するが、彼らの表情は読み取れない。しかし、ある瞬間から、彼らの顔を眺めるようになる。
選考委員のおすすめポイント
冒頭のカットから見応えがある。重いテーマの作品をどこまで面白く見やすくするかのバランスの取り方に、作者の誠実さを見た。施設の老人に寄り添ってくれるように見えた人も、宿命的にまた離れていくという描き方が、救済のようでありつつも重い事実を提示している。(矢野ほなみ)
・Silver Bird and Rainbow Fish (Lei Lei/United States, Netherlands/108 min)
作品スチル
あらすじ
プロパガンダ映像、シュールリアリズムのコラージュ、ポップアートのアニメーションの世界で、アーティストであり映画監督であるLei Leiと彼の家族は、現在を理解するために過去を回想する。1950年代、Jiaqiは4歳のときに父親が田舎に出稼ぎに行くことになり、母親も他界する。埋葬の直後、父はJiaqiと妹を孤児院に入れることを余儀なくされ、彼らは籠の中の鳥と化してしまう。国が混乱する中、レインボーフィッシュは女性に変身し、子供たちを助けることを決意する。
選考委員のおすすめポイント
自分の家族と関係のないフッテージに、粘土でキャラクターを付けることで、中国の大きな歴史の流れと、個人のファミリーヒストリーとをオーバーラップさせている。手を動かすことで自身の家族の歴史を映像に作り上げることの必然性を感じた。映画的な抑揚は、抑えられ、現代美術のインスタレーションのように、どの瞬間に立ち会っても作者の意図が伝わるアプローチが、他の作品とは異質だった。(山村浩二)