ひろしまアニメーションシーズン2022

JOURNAL ジャーナル

2022.08.09 コンペティション紹介 公式レポート

ワールドコンペティション 「物語の冒険」

☆プログラム概要

「物語の冒険」は、アニメーションという表現媒体だからこそ可能である、ユニークなストーリーテリングを行う作品を集めたカテゴリだ。

例えばGenadzi Buto『The Primitives』は、幾何学的な図形たちがどこかを目指して、困難な道を進んで行く物語だ。登場するのは人間ではなく単純な図形ばかりだが、時に協力し合い、時に蹴落としあい、時に道を外れて欲に溺れる姿には、現代社会への風刺を読み込むことができる。セリフやキャラクターを用いずに、シンプルなヴィジュアルと音響のみで物語を語るこの作品は、「物語の冒険」を体現した作品の一つだと言えるだろう。

このカテゴリにはまた、アニメーションによって物語を語るのみならず、アニメーションについて自己言及するメタ・フィクショナルな作品も含まれている。Georges SifianosThe blind writer』は視覚を使わずに、紙の上に置かれたグリッドを手掛かりにして手探りによって作画された作品だ。この手法のために、同じ人物であってもコマによって形や大きさにバラつきが出てくるのだが、にもかかわらずこの作品を見る観客は、バラバラの形態で描かれる人物を、一続きの同じ対象として認知することができる。この作品は、アニメーションを見る観客が画面に映っているものをどのように認知しているのかという、根源的な問題を問い直している。

しばしばメタ・フィクションは自らが「作り物」であることを誇示するが、Nikiita Diakur『Backflip』は、メタ・フィクションでありながらも「作り物」と本物の境界線を超えていく。3DCGで作られた作家のアバターがバク宙を練習するというこの作品は、フォトリアルなキャラクターと背景の双方が、頻繁に歪んだり裂け目を見せたりすることで、自らが作り物であることを誇示しているのだが、見ているうちにだんだんと、アバターの行う練習を真剣に応援したくなってしまう。あくまで機械的な試行と計算に過ぎないはずの練習が、ずっと眺めてるうちにリアリティを伴ってくるのだ。

「物語の冒険」には、このように語り方の実験を試みた作品がラインナップされている。このカテゴリと、より抽象度の高い実験性を持った「光の詩」の作品を合わせて見ることで、現代アニメーションの実験の到達点を味わうことができるだろう。

 

☆アーティスティック・ディレクター山村浩二が語る、「物語の冒険」の見どころ

「アニメーションのためのアニメーション、メタ・フィクションやコンセプチュアル、ヴィジュアルの実験など、アニメーションの未来の可能性を追求した様々な実験的な語り方が楽しめます。」

 

☆選出作品紹介

Regular (Nata Metlukh/United States/5 min)

作品スチル


あらすじ

この物語は、フォントを主役とするグラフィックデザインの世界を舞台としている。彼らはその特性に従って環境と相互作用する。ボールドはすべてを太くし、イタリックはものを傾け、等幅はオブジェクトの幅を均等にする、等々。フォントたちは庭造りを担当することになり、5人のボクシングの魔法使いたちがさっそく飛び入り参加して、仕事ぶりを点検している。ネガティブスペースの嵐がすべてを洗い流してしまうが、レギュラーがやってきて庭を修復してくれる。

 

選考委員のおすすめポイント

イラストに魅力があるうえに、3秒に1回ぐらい驚きのある展開がある。デザイナーだからこそ思いついた作品だと思うが、にも関わらずそうでない人にも面白さが伝わってくる。(宮﨑しずか)

 

あまりにも楽しくて打ちのめされた。積み上げられていったシーンの意味が最後にわかるという構成も見事だし、グラフィックもアニメートもプリート・パルンの持味を引き継ぎつつも、彼女ならではの言語が見えて面白い。(矢野ほなみ)

 

動きそのものの魅力で引っ張っていく作品。物語や内容を読み取ろうとしても難しいが、動きによるナラティブの可能性に迫っている。(山村浩二)

 

 

・Backflip (Nikiita Diakur/Germany/12 min)

作品スチル

あらすじ

バク宙を試みるのは安全ではありません。首の骨を折ったり、頭から着地したり、手首にひどい衝撃を受けたり。どれも素敵ではないので、私のアバターにやってもらうことにします。機械学習の助けを借りながら、6コアのプロセッサーで実践します。プロセッサは最新のものではありませんが、それでも1回の反復で6回のジャンプを計算します。1回の反復に1分かかるので、1時間で360回、1日で8640回のジャンプができることになります。私だったらこんなに跳べませんよ。

 

選考委員のおすすめポイント

人工知能の技術でもある機械学習によるアニメーションが個人レベルでも可能となった現代を象徴するようなアニメーション。 目新しさだけでなく、全編がユーモラスに展開しており、映像デザインも秀逸で心地よく鑑賞できる。(宮嶋龍太郎)

 

 

・3 geNARRATIONS (Paulina Ziółkowska/Poland/8 min)

作品スチル


あらすじ

子供が生まれる。娘が母になる。母は祖母になる。祖母は…ただ死にたい。世代交代。家族は他人の立場に立つことが必要となる。将来の役割に向けて一歩踏み出す。だがそうなのか?これは単に人が踏み出す一歩なのか、それとも世代のダンスへの誘いなのか?実の母親になることから脱出するために、一歩前進、二歩後退。

 

選考委員のおすすめポイント

家族に順番にやってくる死、人生や精神の循環というシリアスなテーマを、不思議な動きによってユーモラスにあたたかく描いている。(矢野ほなみ)

 

 

・The blind writer (Georges Sifianos/Greece/10 min)

作品スチル

あらすじ

本作のドローイングは、目隠しをして、つまりドローイング中は見ずに触覚だけを手がかりにして描かれた。この制約により個々のドローイングは解体され、観客の頭の中で全体として組み立てられるようになる。この映画は盲人のように手探りで進んでいく。これはドグマや確信に疑問を抱く作家の戸惑いを反映している。世界の複雑さに直面し、人と人との関係に対する永遠の疑問や政治的・形而上学的な疑問が生じる。

「誰が宇宙を創ったのか?」

「神」

「では誰が神を創ったのか?」

既成のイデオロギー的な答えを前にして、作家は自分の無力さを認め、彼の盲目は現実よりも比喩的である。「見る」とはどういうことか?私たちが見ているもの、つまり外観は現実を反映しているのだろうか?観客は彼/女自身の答えを出すことを求められる。彼/女は、彼の知覚がそうであるように、ドローイングのバラバラな描線を意味あるものにするために組み立てることによって、決定しなければならないのである。

 

選考委員のおすすめポイント

強力で美しい作品。長年アニメーションとは何かを考え続けてきたジョルジュ・スフィアーノス監督だからこそ、アニメーションそのものを表現してしまうようなコンセプトが立てられたのだと思う。(山村浩二)

 

哲人による創作物。メタファーとしての盲目が、むしろ現実の世界を捉える方法論になっている。(矢野ほなみ)

 

 

・My Father's Damn Camera (Milos Tomic/Slovenia/6 min)

作品スチル

あらすじ

ほとんど自暴自棄になっている無鉄砲な少年は、それゆえに厄介な方法で、執拗に写真家である父親の関心を引こうとする。父の芸術的な混沌や写真への執着を目の当たりにし、成長する過程で、それらはやがて父と息子の絆を深めるために必要不可欠なものとなっていく。手描きとコラージュ技法のストップアニメーションを絡めたストーリーで、作者はスロベニアの写真家Dragisa Modrinjakのアーカイブに観客を誘うと同時に、映画監督として、また父親としての個人的な経験をもとに描く。

 

選考委員のおすすめポイント

前作の『Musical Traumas』にも見る喜びがあったが、この作品も見ていて、こんなに幸せにさせてくれるのかと思った。(矢野ほなみ)

 

アニメーションは技術によってできているからこそ、技法によって物語ることの実験性が際立つ。お父さんの写真という限られた素材で、これほどまでに実験と遊びを展開できるところが驚異的だ。(山村浩二)

 

 

・The Primitives (Genadzi Buto/Belarus/10 min)

作品スチル

あらすじ

シンプルな図形が織りなす複雑な人生。

 

選考委員のおすすめポイント

ビジュアル上は幾何学模様がピコピコと動いているだけなのに、そこに物語性や社会のシステムが垣間見える。音と抽象形態だけで物語る、アニメーションだからこそ可能な作品。(山村浩二)

 

 

・ミニミニポッケの大きな庭で (Yoko Yuki/Japan/6 min)

作品スチル

あらすじ

縮むと膨張する。浮いて、沈む。離れても、つながる。自分が見ているつもりが、実は見られている。

 

選考委員のおすすめポイント

 

 

・Darwin’s Notebook (Georges Schwizgebel/Switzerland/9 min)

作品スチル

あらすじ

英国化した3人の原住民の祖国への帰還、あるいは彼らを破滅させる現代社会との出会いの始まり。

 

選考委員のおすすめポイント

20世紀の植民地化された社会の中で、文明や文化がいかに奪われていったのかが描かれており、そういったテーマをアニメーションで描くことの意味を考えさせられた。シュヴィツゲベル監督の新しい傑作。(矢野ほなみ)

 

 

・Swallow the Universe (Nieto/France/12 min)

作品スチル

あらすじ

満州の深いジャングルに迷い込んだ幼い子供の、壮大な血と雷の物語。それまで完璧に組織化されていた動物相の原始的な世界に、彼の突然の出現で完全な無秩序がもたらされる。

 

選考委員のおすすめポイント

アニメーションはこれぐらい闇鍋のように混濁したものを作ってもいいのだと気付かせてくれた。(宮嶋龍太郎)