【イソナガアキコの公式レポート】ひろしまアニメーションシーズンを振り返って【総括】
8月21日に無事フィナーレを迎えた「ひろしまアニメーションシーズン2022」。5日間の生レポートの最終日を「最終回」にして、ちょっとホッとしていたところに「今回の総括を…」と声をかけていただき、再びペンを取りました。今度こそ本当の最終回です。4ヶ月にわたる取材の総括として、特に「広島」という文脈で印象に残ったことを取りあげてみようと思います。
私にとって公式ライターとしての初仕事は、開会の100日前に当たる4月16日(土)に開催されたプレイベント第1弾「作りたくなる、考えたくなる日」でした。それ以降、8月17日(水)の開会を迎えるまで、地元の小・中学校、高校の生徒たちを対象としたアカデミーの教育プログラムや、広島市民向けに催された文化サロン、H-AIR(ひろしまアーティスト・イン・レジデンス)に招へいされたアーティストの活動を取材させていただきました。
その全てに一貫していたのは「アニメーションを通じて広島という都市に文化の種を蒔き育てたい」というアニメーションシーズンチームの強い想いだったように思います。その一つひとつの試みがどのように映画祭本番に繋がっていくのか、さらにはその先の未来にどう波及していくのか、取材をしながら楽しみにしていました。
ひろしまアニメーションシーズンが広島にもたらしたもの
映画祭が始まり、まず目に留まったのが、2日目以降、全ての上映プログラムの冒頭で流された、H-AIRの3人が制作監修したアニメーション作品でした。これは彼女達が行ってきたワークショップの成果であり、エンドクレジットにはアーティスト名とともに、ワークショップ参加者の名前も記されていました。
私も息子と一緒に是恒さくらさんのワークショップに参加していたので、エンドクレジットに自分たちの名前を見つけたときは興奮しました。「自分もこの映画祭に参加しているんだ」と誇らしく思い、映画祭がぐっと身近に感じられた瞬間でした。
映画祭4日目となる20日(土)には、5月30日(月)と6月2日(木)に開催された広島市立基町高等学校(創造表現コース)とオーストリアのボーグ・バート・レオンフェルデン校との国際交流プログラムの成果報告もありました。特筆すべきは、この交流が単発的なイベントにとどまらなかったことです。
今回の交流をきっかけに、ボーグ・バート・レオンフェルデン校の教諭が進めているブラッシュモブアニメーションプロジェクトに、基町高等学校の生徒も参加することになり、9月からいよいよ制作も始まるそうです。作品は12月頃の完成を予定しており、アルス・エレクトロニカのコンペへの出品を計画されているそう。国際交流プログラムに参加したことをきっかけに、生徒たちの目の前に世界への扉が開かれたのは本当に素晴らしいことです。せっかく芽吹いた文化・アートの芽を枯らさぬよう、育み、見守り続けたいと思います。
地域との繋がりと共創の新たなカタチ
ひろしまアニメーションシーズンは新たに立ち上がった映画祭であることを強みに変えて新しい取り組みにも果敢にチャレンジされていました。例えばコンペティション作品の鑑賞方法について。今回はメイン会場であるJMSアステールプラザ以外だけでなく、横川シネマでもコンペティション作品が上映されました。それによってメイン会場の上映を見逃した人が横川シネマで鑑賞するという新しい人流も生まれたようです。
またコンペティション作品以外の関連プログラムが、横川シネマをはじめ、広島市映像文化ライブラリーやサロンシネマ、ギャラリーGで展開されたことは、関係者やコアなファン層のみならず、幅広い層にアニメーションの魅力を伝えるきっかけになったと思います。また会場外に足を運ぶことが、「ついでに」という観光の動機になったという声もあり、作品の鑑賞だけでなく、開催地の文化に触れる機会を得ることはオンラインにはない、リアルだからこその醍醐味でもあり、ぜひ次回以降も続けてほしい取り組みだと思いました。
広島と世界を結びつけた審査会の改革
そしてもう一つ、広島と結びつけて興味深かったのはコンペティションの審査過程です。
「ワールドコンペティション」は5つのジャンル別のカテゴリに分けられ、それぞれに審査会が設けられました。審査員にはダンサーで俳優の田中泯さんらアニメーション業界以外の方も選ばれ、異なる領域のプロフェッショナルの目線も積極的に取り入れたことが話題になりました。
私はそれに加えて、音楽家の世武裕子さんや詩人のアーサー・ビナードさんなど広島出身や広島にゆかりのある文化人が選ばれたこと、さらにはコンペ入選作品の上映を観た観客の投票によって決まる観客賞や、広島の NPO法人や文化人が審査員を務めるHAC賞、ひろしまチョイス賞など、広島という文脈での審査会と賞が設けられたのは、とてもチャレンジングな試みだったと思います。
最終的にグランプリを受賞したのは、ワールド・コンペティション「物語の冒険」のカテゴリ賞を受賞したスイスのジョルジュ・シュヴィッツゲーベル監督の『ダーウィンの手記』でした。南米からイギリスへと連行され文明に触れた原住民を故郷に返して文化や信仰が広まることと期待する西洋人の独善ぶりをシニカルに描かれた作品でしたが、受賞理由の一つについて、山村浩二さんは世界が分断され、平和の危機に直面している今という時代に、広島で開催する映画祭のグランプリにふさわしい作品であることをあげました。
アニメーションでひろしまと「水」の関係を見つめ直す
最後にもう一つ、ひろしまアニメーションシーズン2022のテーマが「水」であったことについて触れたいと思います。アーティスティック・ディレクターの山村浩二さんは「水」をテーマに設定した理由について、広島は瀬戸内海に面した都市であり、また市内に多くの川が流れ「水の都」と称される場所であることをあげました。
水はアニメーションと相性が良く、多くの作品の題材として扱われてきた歴史があるということで、山村さんがキュレーションした「水」をテーマにした作品も多く上映されました。作品の中で水は単なる物質としての水というだけでなく、現実と幻想の境界線を象徴するものだったり、雨が登場人物の感情の隠喩的表現として使われていたりと、さまざまなモチーフとして使われていて、水のポテンシャルの高さに驚かされました。
ゴールデンカープスターを受賞したサイエンスSARU制作の『平家物語』を鑑賞した際に厳島神社のシーンがあって、見慣れているはずの景色のあまりの美しさに感動したのですが、この作品で美術監督を務めた広島出身の久保友孝さんがそのシーンについて、「瀬戸内海の独特の海の色をどうしても再現したくて、その表現にとことんこだわった」と語っているのを聞いて、広島に長く暮らし、当たり前になっていた景色がいかに素晴らしく恵まれたものであるか、再認識しました。またアニメーションだからできる表現だったり、伝えられることがこんなにもあるのだと、アニメーションという表現の奥深さにも興味をそそられました。
私にとってのひろしまアニメーションシーズン2022
公式ライターの就任から映画祭までの4ヶ月間。私は実に多くの刺激を与えていただきました。
まず一つは作品に触れることで得た刺激。この映画祭が扱う作品の多くは「インディペンデント・アニメーション」といわれる作品です。長編もありますがほとんどが短編で、短い尺の中に作家(監督)のメッセージがギュッと詰まっています。世界の流れや社会が抱える問題を反映した作品も多く、例えば戦争体験や実在した社会的事件をモチーフにした作品、ジェンダーやセクシュアリティをテーマにした作品など、普段は見過ごしがちな問題について考えるきっかけにもなりました。また日常的な問題、例えば複雑な人間関係や親子関係をモチーフにした作品を通して自分の内面と向き合ったり、普段なかなか触れることのない他国の文化や思想に触れる瞬間も多くありました。
二つ目は作品の周辺にいるクリエイターやアーティストの方々から得る刺激。監督や美術、音楽などで作品づくりに関わったゲストのトークから、自分の中にはなかった新しい感覚が生まれる瞬間がいくつもありました。また私の場合、H-AIRのアーティストさんとの関わりも大きな刺激の一つだったと思います。
ウクライナ出身のナタ・メトルークさんに「日本に来て面白いと思ったこと、ここが変だと思ったことはありますか」という質問をしたとき、「日本には外の世界の現在の出来事についてほとんど知らない人がいることに驚いた」という答えをもらってドキッとしました。「現在の出来事」とはロシアのウクライナ侵攻のことを指します。世界の人と触れることで、自分の感度がどれくらいなものか知るきっかけになります。国際的な映画祭とは、ローカルにいながらグローバルにリアルに触れることができる、そういう貴重な場でもあるとしみじみ感じました。
最後に…
これだけの大きな事業を立ち上げ、実行したひろしまアニメーションシーズンチームの皆さんからもたくさんの気づきを与えていただきました。心から敬意と感謝の気持ちを伝えたいと思います。私が直接目にしたのは皆さんの活動のほんの一部でしかありませんが「人、コトを動かすことができるのは人の熱意でしかない」、というシンプルに大切なことを教えていただいたような気がします。
プロデューサーの土居伸彰さん、アーティスティック・ディレクターの山村浩二さんと宮﨑しずかさん、アシスタントプロデューサーの平石ももさん、栗田佳代さん、水岡隆志さん、本当にお疲れ様でした。2年後にバージョンアップした映画祭でまたお目にかかれますように。その日を楽しみにしています。
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